一回落ち着いていこう

考える類人猿。ときおり牙を剥く。

面接で自分のことを上手く伝えられなかった人のはなし

「それではあなたの長所と短所を聞かせてください」

 

目の前の面接官にそう言われて、彼は石のように固まってしまった。

何も考えていなかったわけではない。彼の中には「この質問が来たら、こう答えよう」と準備してきているものがあった。

だが、極度の緊張でその「準備してきた答え」が出てこないのだ。

 

「私の長所と短所ですが…」震える声で、なんとか言葉を紡ぐ。

「まず長所は、好奇心旺盛なところです。理由としましては…」

そこから先は何を言ったのか覚えていない。

 

話の途中で、二人いる面接官のうちの一人が「大丈夫ですよ、落ち着いて話してくださいね」と笑いながら言葉をかけてくれた。

彼は一度小さく息を吐いて、思いつくままに一気に喋った。

 

ようやく言い終えた彼の回答の内容には一切興味を示さず、面接官は淡々と次の質問に移る。

面接はまだ終わっていなかったが、「ああ、この面接は“終わった”な」ということだけは彼にもよく分かった。

 

 

翌日、彼は私のもとへ報告にやってきた。

面接の振り返りをするとともに、また同じ失敗をしないよう練習相手になってほしいという相談だった。

 

長所・短所だけではない。

これからどんなキャリアを歩んでいきたいですか?

当社に興味を持った理由は?

そうした質問に答える中で、あんなに考えた「回答」を上手く再現できなかったと振り返った。

 

面接の、あの緊張感には敵わない。

 

面接で頭が真っ白になって、用意していた答えがすんなりと出てこない。

なんとか言葉を紡いでも、伝えたかった内容の一部しか伝えることができず、言葉足らずになってしまったと後悔することもある。

前もって考えていたのに、ノートにもメモをしていたのに、そう思ってももう遅い。

もし予定通りに答えられたとしても、「具体的には?」と掘り下げられた次の質問で躓くのだから、結果はあまり変わらない。

 

「よし、じゃあ今からもう一度練習しよう」

 

私は彼に向き直った。彼もスッと背筋を伸ばし目線をあげる。

 

「それでは、あなたの長所と短所を聞かせてください」

前もって準備していた筋書き通りに彼は答えを返し始める。

だが、ふとした言い間違えをきっかけに「えっと、それで…あっ、ああ、すみません、ちょっと言い直していいですか?その時私が感じたのは…」

とガタガタと崩れだした。

一通り話し終えた彼は「やっぱり、難しいですね…なんか、考えがうまくまとまらなくて」と小さくため息をついた。

 

「うーん、例えばなんだけど」

私は面接官としての態度を変えないまま

「前に私にオススメしてくれたあの映画監督の最新作、すごく泣けるって言ってたよね?あの作品なんだっけ?」

 そう問いかけた。

「ああ、〇〇〇〇って映画ですよ。」

「そうそう、それ。どのシーンでグッときたの?」

「やっぱりラストですね。あんまり言うとネタバレになるんだけど主人公が自分の故郷に帰って…(以下ネタバレしない程度の解説が続く)」

そうしてさっきよりもうんと明るい表情で、お気に入りの映画の見所を話してくれた。

 

彼は決して、話ができない人ではない。

現に普段の友人とのコミュニケーションで会話に詰まることはないし、大好きな映画の話であれば饒舌にもなる。

映画の話なら落ち着いて答えられるし、想定外の質問にも惑わない。

それは彼が映画のことを良く知っていて、普段から映画のことをよく考えているからだ。

作品を見たときの印象や、その時に感じたことを心に深く刻みつけているから、どんな角度から質問が来ても答えられるのだ。

 

だが「自分自身」のことはどうだろう。

あなたは今まで何を大切にしてきた?

この先どんな働き方をしていきたい?

あなたの強みは?弱みは?これから克服していきたい課題は?

どんな目標を持っている?

模範回答は、ネットや本を見ればたくさん見つかるが、自分ではない誰かが作った「面接官に好感を持たれそうな答え」を再現しようとするから、緊張した時に何も出てこなくなってしまうのだ。

 

映画のことを考えるときのように、自分について考えてみる。

自分の得意なことってなんだろう。

褒められたことってどんなことだろう。

苦手なことってなんだっけ。

何に期待し、何に不安を感じ、自分はどんな人間なのかを考える。

繰り返し繰り返し考えることで「自分のこと」がインストールされる。

そうしたら、お気に入りの映画のことをスラスラと言えるように、自分のこと話せるようになるんじゃないだろうか。

 

君はまだ自分のことについて考えている時間が少ないのだ。たぶん。